「少し待ってて。今お茶を淹れて来るから」
「うん。ありがと」
「あ。でも、その辺りの本棚はまだ片付け途中だから、できれば見ないでもらいたいな」
「そうなの? わかった」
憧れの彼、アオヤの家に初めて招かれたリカは、興味深げに辺りを見回した。
ここが彼の部屋。彼が日常的に寝起きしているその場所。そう思えば、シンプルな机と青いシーツのかけられたベッドを見るだけでドキドキしてしまう。
所謂「お付き合い」を始めてまだ一週間。正直まだ彼の家を訪ねるなんて早いかなと思ったけれど、用事ができてしまったので自然とそういう流れになった。いつもの穏やかな笑顔からごく自然に発された「だったら、今度の週末うちにおいでよ」の言葉に、リカは気付いたら釣り込まれるように頷いていた。
少しだけ緊張しているけれど、大丈夫。学校でも有名な彼は穏やかで優しく、今時の学生にしては珍しい程に上品で紳士的だ。それに……万が一そういう雰囲気になるかもしれないと、きちんと可愛い下着をつけているし。
そんな緊張をほぐそうと、リカは部屋の中を改めて見回し、彼が戻ってくるまで何か手慰みになるものを探した。ふと、先程彼が気にかけていた本棚が目につく。
できれば触らないでほしいと言われたけれど、そう言われると余計気になった。
少しだけ。ほんの一冊、手に取るだけならそんなに気にしないよね?
リカはついつい、目の前の一番取りやすい場所にあった一冊に手を伸ばす。
「あれ? これってもしかして日記……?」
いくらなんでも人の日記を勝手に読むのはまずい。彼が戻ってくる前に軽く目を通すだけのつもりだったリカは、しかしその頁内に自分の名を見つけて思わず手を止めた。
彼が自分のことを日記に書いてくれているのかと頬を紅潮させるが、すぐに青ざめて血の気の失せた顔になる。
「え……何……何よ、これ……!」
日記の中には、最近の彼女の日常が事細かに記されていた。学校での出来事だけではなく家でこっそりと発された独り言まで。誰も知りえないようなそんな事情まで。どうやっても彼が知りえないような事を、どうして!
リカはハッと思い立ち、同じ段に入れられていた他の本を取り出した。どれも立派な装丁の小説のような見た目だが、この一冊が日記ならば他のもきっと同じだ。予想通りどれも日記帳ではあったけれど、それぞれ書かれていた名前は彼女の想像の範囲外だった。
五冊の日記帳の中には彼女の知るものも知らないものもある。転校したはずの友人、不登校との噂がある隣の組の美少女。彼女らの現在を周囲の人間は誰も知らない。それから、これは、この名前は今朝のニュースで……。
「――『青髭』って童話知ってる?」
背後からの呼びかけにリカは引きつった悲鳴をあげながら振り返った。青褪めて日記帳を抱いたままがたがたと震えるリカに、いつの間にか戻ってきたアオヤが近づいてくる。
「とある金持ちの男が新妻を迎える。城中どこに行ってもいいけど、鍵をかけた一室には決して入らないように命じて。けれど新妻は禁じられた部屋の秘密を知りたくなり、つい約束を破りその部屋の中に入ってしまう……」
その話は知っている。その続きも。
「そこで新妻は、青髭に殺された先妻たちの死体を見てしまうんだ」
「あ、アオヤ、くん」
彼はリカに手を伸ばす。咄嗟に逃げ出そうとした手足に自らのそれを絡ませるようにして抱き取り、抵抗を許さない。
「可愛いリカちゃん。前から、君っていいなと思ってたんだ」
言われる場面が違えばすごくときめいただろう台詞をさらりと口にして、アオヤが恍惚とした眼差しでリカを見つめてくる。
「さぁ、結婚式を始めよう。愛しい六番目の花嫁よ」
リカが最期に思い出したのは、先程見つけた日記に出てきた、今朝方死体で発見されたとニュースになっている少女の名だった。
「あら、彼女? 前と違う女の子じゃない?」
「うわ。おばさん、バラさないでくださいよ」
腕を組んだ少女に嫉妬の籠った怒りの目で睨まれ、アオヤは必死で彼女を宥めた。
「ねぇ、ミキちゃん。君は人の秘密とか知りたくなるタイプ?」
「え? 別に普通だと思うけど。どうして?」
無邪気に尋ねる少女に微笑みながら囁く。
「……今度こそ、僕の秘密を暴かないでね」
「なぁに? なんて言ったの今?」
「なんでもないよ」
青髭の城は、もはやすぐそこに迫っていた。
了.
秘密は隠し損ねた日記から暴かれるものである
お題配布元:Lump
「うん。ありがと」
「あ。でも、その辺りの本棚はまだ片付け途中だから、できれば見ないでもらいたいな」
「そうなの? わかった」
憧れの彼、アオヤの家に初めて招かれたリカは、興味深げに辺りを見回した。
ここが彼の部屋。彼が日常的に寝起きしているその場所。そう思えば、シンプルな机と青いシーツのかけられたベッドを見るだけでドキドキしてしまう。
所謂「お付き合い」を始めてまだ一週間。正直まだ彼の家を訪ねるなんて早いかなと思ったけれど、用事ができてしまったので自然とそういう流れになった。いつもの穏やかな笑顔からごく自然に発された「だったら、今度の週末うちにおいでよ」の言葉に、リカは気付いたら釣り込まれるように頷いていた。
少しだけ緊張しているけれど、大丈夫。学校でも有名な彼は穏やかで優しく、今時の学生にしては珍しい程に上品で紳士的だ。それに……万が一そういう雰囲気になるかもしれないと、きちんと可愛い下着をつけているし。
そんな緊張をほぐそうと、リカは部屋の中を改めて見回し、彼が戻ってくるまで何か手慰みになるものを探した。ふと、先程彼が気にかけていた本棚が目につく。
できれば触らないでほしいと言われたけれど、そう言われると余計気になった。
少しだけ。ほんの一冊、手に取るだけならそんなに気にしないよね?
リカはついつい、目の前の一番取りやすい場所にあった一冊に手を伸ばす。
「あれ? これってもしかして日記……?」
いくらなんでも人の日記を勝手に読むのはまずい。彼が戻ってくる前に軽く目を通すだけのつもりだったリカは、しかしその頁内に自分の名を見つけて思わず手を止めた。
彼が自分のことを日記に書いてくれているのかと頬を紅潮させるが、すぐに青ざめて血の気の失せた顔になる。
「え……何……何よ、これ……!」
日記の中には、最近の彼女の日常が事細かに記されていた。学校での出来事だけではなく家でこっそりと発された独り言まで。誰も知りえないようなそんな事情まで。どうやっても彼が知りえないような事を、どうして!
リカはハッと思い立ち、同じ段に入れられていた他の本を取り出した。どれも立派な装丁の小説のような見た目だが、この一冊が日記ならば他のもきっと同じだ。予想通りどれも日記帳ではあったけれど、それぞれ書かれていた名前は彼女の想像の範囲外だった。
五冊の日記帳の中には彼女の知るものも知らないものもある。転校したはずの友人、不登校との噂がある隣の組の美少女。彼女らの現在を周囲の人間は誰も知らない。それから、これは、この名前は今朝のニュースで……。
「――『青髭』って童話知ってる?」
背後からの呼びかけにリカは引きつった悲鳴をあげながら振り返った。青褪めて日記帳を抱いたままがたがたと震えるリカに、いつの間にか戻ってきたアオヤが近づいてくる。
「とある金持ちの男が新妻を迎える。城中どこに行ってもいいけど、鍵をかけた一室には決して入らないように命じて。けれど新妻は禁じられた部屋の秘密を知りたくなり、つい約束を破りその部屋の中に入ってしまう……」
その話は知っている。その続きも。
「そこで新妻は、青髭に殺された先妻たちの死体を見てしまうんだ」
「あ、アオヤ、くん」
彼はリカに手を伸ばす。咄嗟に逃げ出そうとした手足に自らのそれを絡ませるようにして抱き取り、抵抗を許さない。
「可愛いリカちゃん。前から、君っていいなと思ってたんだ」
言われる場面が違えばすごくときめいただろう台詞をさらりと口にして、アオヤが恍惚とした眼差しでリカを見つめてくる。
「さぁ、結婚式を始めよう。愛しい六番目の花嫁よ」
リカが最期に思い出したのは、先程見つけた日記に出てきた、今朝方死体で発見されたとニュースになっている少女の名だった。
「あら、彼女? 前と違う女の子じゃない?」
「うわ。おばさん、バラさないでくださいよ」
腕を組んだ少女に嫉妬の籠った怒りの目で睨まれ、アオヤは必死で彼女を宥めた。
「ねぇ、ミキちゃん。君は人の秘密とか知りたくなるタイプ?」
「え? 別に普通だと思うけど。どうして?」
無邪気に尋ねる少女に微笑みながら囁く。
「……今度こそ、僕の秘密を暴かないでね」
「なぁに? なんて言ったの今?」
「なんでもないよ」
青髭の城は、もはやすぐそこに迫っていた。
了.
秘密は隠し損ねた日記から暴かれるものである
お題配布元:Lump
「彼の日記帳」
ネタが幾つも思い浮かんだわりにどれもいまいちでうんうんうなった挙句結局ベタなホラーになりました。いろいろ考えたわりにうまく形にできないってのはもどかしい。
◆文体
文体に気を使うも何もページ数が足りなくてむしろぎりぎりまで泣く泣く描写を削りました。本当ならリカのことを書いた日記帳が彼女好みのピンク色とか最後に新しい彼女と道を通る際リカが殺されたらしきニュースを挟むとか無駄に恐怖を煽るディティールをガンガン詰め込むつもりだった。無理だった。
◆構成
何の捻りもなく普通に話を進めたので特筆なし。強いて言うならこの手のホラーのお約束を律儀に踏襲したよ、としか。モチーフに「青髭」を出してきたのは単に私の趣味。
◆性質
オーソドックスで捻りのないベタなホラー。この手の話は読む方も書く方もそれなりに楽しめるけどホラー要素だけだとその場のインパクトや吸引力はあっても一作で人を惹きこむ魅力、この作者の話をまた読みたいなと思わせる特徴を出すのは難しいと思った。枚数制限五枚以内だと特に。
◆キャラクター
これも特筆なし。べったべたに。
こういう展開なので名前はあるようでないような感じの方がとちょっと気を遣った結果現代日本の若い子の正式名称ではあまりないだろうカタカナ表記に落ち着いた。
◆読後感
ホラーと銘打ったものの展開がそういうのであるだけで読者を本気でぞっとさせたいというわけではなく「わーお約束だー」と楽しんでもらえたらそれが一番。
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