今日、私の異母兄妹はまとめて三人死んだ。昨日は二人だった。明日は何人死ぬのだろう。そして私はいつ死ぬのだろう。顔も見たことのない義兄たちが死んだように、もうすぐ名もなき死者という記号になるのだろうか。
彼の手並みは実に鮮やかだった。椿の首を落とすように人の命を狩る。白い雪原に彼の刈った赤い花はぽとん、ぽとんと落ちて、足元もやっぱり真っ赤になる。
覇王を目指す男は人の命で玉座に続く赤い絨毯を敷いたのだった。すぐに殺されるかと思った私は、彼の気紛れに拾われてその手入れ人を任されそうになっている。
「もう少しだ。もう少しでお前の一族は全て死に絶える。そうなればあの国は俺のもの」
「あんな人たち、身内でもなんでもありません。私を身籠った母を汚らわしい妾だと追い出した連中です」
「だが、お前が王家の血を引くのは事実だ。どうだ、このまま俺につくのなら、お前の一族から奪った地位をそのままやるぞ。土地の者が支配に着くのが人心を掌握するには一番だ」
「……何故、私をそのように引き立てようとするのです? 私が弱いからですか? 王の地位をちらつかせれば、あなたに従順になるとでも?」
「お前に首輪をつけるつもりはないさ」
海煉国の次は緑里だった。それから花栄へ。そして明暁へ。また一度海煉の反乱を制定し、朱櫻へ。野望は大陸中を廻る。
覇王と呼ばれた男の国づくりは順調に進んでいるようだった。ただ一国を除いては。
私の存在は祖国で噂になっているそうだ。一部の抵抗組織は望む。私を旗印に王国の利権を傍若無人な征服者から取り戻せと。
覇王の統治は例え植民地相手でもそう悪いものではないように見える。だがそれは、私が今、他でもないその男の庇護下だからこそ言えること。末端の民はたまったものではないだろう。そして裕福な者たちも、奪われた誇りには代えられない。
「あなたは、この大陸を動かす者なのです。どうかご協力を」
「そんなに必要ならば、無理にでも引きずっていけばいいでしょう」
「おわかりでしょう。そんな方法では何も変わらない。あなたの意志こそが必要なのです」
ふと気づけば季節が巡っていた。
宮殿の窓から見える丘を、あなたはやはり赤く染める。椿が腐り雪に還る大陸の大地のあちこちを、今度は赤い雛罌粟に眠らせた。
「もうそろそろ最後の一国を平定し終わる」
覚悟を決めておけとあなたは言う。
あなたは私に対しては、いつだって優しい。恐ろしいその噂の数々とは裏腹に、私に触れる指はまるで壊れ物を愛でるようだ。
あなたの苦しみも私は知っている。平民出の母を持つ、最も継承権から遠かった王子。父も兄も全ての血縁を殺して玉座に着き、それで満たされず他国に侵略した覇王。
あなたが私を気に掛けるのは自分と同じその境遇のせい。そして私は――……。
人はどれほど美しい建前を妖精の粉のように自分に塗して飛んでいくのだろう。
心というものに重さがあれば、この卑しい欲望で私はぶくぶくと醜く肥え太り、地に落ちるに違いない。
それでもいい。その時、一緒にあなたを引きずり堕とせるならば。
「逃げるのか」
抵抗組織の迎えに手を引かれ回廊を抜ける途中で偶然行き会った。あなたは右手を伸ばして兵を制し、全てを理解した顔をしている。
「行きます。そして」
私はこの国を滅ぼし、自らの国を取り戻すのだ。国の誇りも一族の仇も関係なく、ただ自分の望みのためだけに。なんて狡い。
「私はいつかあなたを手に入れる。あなたは私に首輪をつけないと言ったが、私はあなたに首輪をつけたい」
目を瞠るあなたに背を向け、私はもう後は振り返らず、導かれるまま宮殿を脱出した。彼ら抵抗組織の旗印、次の王となるために。
だけど考えるのは、後にした国に残してきた孤独な覇王のことばかり。
――あなたがほしい。手に入れたい。首輪で繋いで、それでも逃げ出すのならその足を斬りおとしてでも。服従と支配を強要する残酷な覇王は唯一私にはそれをしなかった。でも私はあなたにそれをする。それは私にとって、王国を救うよりも重要なことだから。
そのくらいには、あなたのことが――。
「好きかも、しれない」
了.
好きかも、しれない
お題配布元:確かに恋だった
彼の手並みは実に鮮やかだった。椿の首を落とすように人の命を狩る。白い雪原に彼の刈った赤い花はぽとん、ぽとんと落ちて、足元もやっぱり真っ赤になる。
覇王を目指す男は人の命で玉座に続く赤い絨毯を敷いたのだった。すぐに殺されるかと思った私は、彼の気紛れに拾われてその手入れ人を任されそうになっている。
「もう少しだ。もう少しでお前の一族は全て死に絶える。そうなればあの国は俺のもの」
「あんな人たち、身内でもなんでもありません。私を身籠った母を汚らわしい妾だと追い出した連中です」
「だが、お前が王家の血を引くのは事実だ。どうだ、このまま俺につくのなら、お前の一族から奪った地位をそのままやるぞ。土地の者が支配に着くのが人心を掌握するには一番だ」
「……何故、私をそのように引き立てようとするのです? 私が弱いからですか? 王の地位をちらつかせれば、あなたに従順になるとでも?」
「お前に首輪をつけるつもりはないさ」
海煉国の次は緑里だった。それから花栄へ。そして明暁へ。また一度海煉の反乱を制定し、朱櫻へ。野望は大陸中を廻る。
覇王と呼ばれた男の国づくりは順調に進んでいるようだった。ただ一国を除いては。
私の存在は祖国で噂になっているそうだ。一部の抵抗組織は望む。私を旗印に王国の利権を傍若無人な征服者から取り戻せと。
覇王の統治は例え植民地相手でもそう悪いものではないように見える。だがそれは、私が今、他でもないその男の庇護下だからこそ言えること。末端の民はたまったものではないだろう。そして裕福な者たちも、奪われた誇りには代えられない。
「あなたは、この大陸を動かす者なのです。どうかご協力を」
「そんなに必要ならば、無理にでも引きずっていけばいいでしょう」
「おわかりでしょう。そんな方法では何も変わらない。あなたの意志こそが必要なのです」
ふと気づけば季節が巡っていた。
宮殿の窓から見える丘を、あなたはやはり赤く染める。椿が腐り雪に還る大陸の大地のあちこちを、今度は赤い雛罌粟に眠らせた。
「もうそろそろ最後の一国を平定し終わる」
覚悟を決めておけとあなたは言う。
あなたは私に対しては、いつだって優しい。恐ろしいその噂の数々とは裏腹に、私に触れる指はまるで壊れ物を愛でるようだ。
あなたの苦しみも私は知っている。平民出の母を持つ、最も継承権から遠かった王子。父も兄も全ての血縁を殺して玉座に着き、それで満たされず他国に侵略した覇王。
あなたが私を気に掛けるのは自分と同じその境遇のせい。そして私は――……。
人はどれほど美しい建前を妖精の粉のように自分に塗して飛んでいくのだろう。
心というものに重さがあれば、この卑しい欲望で私はぶくぶくと醜く肥え太り、地に落ちるに違いない。
それでもいい。その時、一緒にあなたを引きずり堕とせるならば。
「逃げるのか」
抵抗組織の迎えに手を引かれ回廊を抜ける途中で偶然行き会った。あなたは右手を伸ばして兵を制し、全てを理解した顔をしている。
「行きます。そして」
私はこの国を滅ぼし、自らの国を取り戻すのだ。国の誇りも一族の仇も関係なく、ただ自分の望みのためだけに。なんて狡い。
「私はいつかあなたを手に入れる。あなたは私に首輪をつけないと言ったが、私はあなたに首輪をつけたい」
目を瞠るあなたに背を向け、私はもう後は振り返らず、導かれるまま宮殿を脱出した。彼ら抵抗組織の旗印、次の王となるために。
だけど考えるのは、後にした国に残してきた孤独な覇王のことばかり。
――あなたがほしい。手に入れたい。首輪で繋いで、それでも逃げ出すのならその足を斬りおとしてでも。服従と支配を強要する残酷な覇王は唯一私にはそれをしなかった。でも私はあなたにそれをする。それは私にとって、王国を救うよりも重要なことだから。
そのくらいには、あなたのことが――。
「好きかも、しれない」
了.
好きかも、しれない
お題配布元:確かに恋だった
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