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一次創作サイト「BABEL」から派生。スキルアップのためにひたすら掌編を書いていくブログです。テーマはお題配布サイト様から借りています。 
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「あなたは、ずるいですわ」
 少女の責める言葉に、青年は笑い交じりに問い返す。
「ずるい? 私がか?」
「ええ。ずるいですわ。――何故、彼女の気持ちに応えて差し上げませんの?」
「それは身勝手な言い分というものではないかな。好意を向けられたら同じだけ返さなければいけないというルールはないよ」
「ええ。そうですわね。ですがそれならせめて――応える気がないのであれば、せめてはっきりそう告げて差し上げたらどうなんです?」
「君だって知っているだろう。私が本当は誰を愛しているのか。私は公言している。それでも私に向ける好意を変えないのは彼女の望み。――彼女の夢だよ」
「夢?」
「他の者を愛する私に彼女が想いを伝え続けるのは、彼女自身がそういう自分の姿を望むからだよ。わかるかい?」
「わかりませんわ」
「では君はどうかな? 君の恋人に自分の全てを理解してもらいたいと思うかい?」
「いいえ」
 即答して少女は呟いた。切りそろえた前髪の影が落ちる瞳が暗く沈む。
「私は私を理解しています。私がどれだけ醜いかということを。そんな私を、あの人に理解なんてしてほしくありません。そんな想いを知られるぐらいなら――」
 滔々と語りながらその声音は次第に熱を持ち、病んだ響きを帯びていった。
「あの人を殺して、私も死にます」
「……私も同じだよ。そしてきっと彼女も」
 過激な結論に動じることもなく、青年は同意して静かに微笑んだ。
「綺麗なままの自分でいたいということですの?」
「近いかな。だが正解じゃない。つまりね――美しい夢は叶ってしまったその瞬間に醜い現実となってしまうということだよ」
 彼は諭すような口ぶりで苦く告げた。伏せられた瞳は哀切を湛える。
「人は夢を叶えたその瞬間よりも、叶えようと努力している時間が最も美しいと言う。彼女の想いも君の想いも――そして私の想いですら、全て同じことだよ」
 この青年を想う、一人の女性の恋は成就しない。そして、だからこそ穢れることもない。
 彼が応えることがない限り永遠に。
 この世のどんな現実も、人々の想像の中で羽ばたく夢の美しさには叶わない。
 夢物語の続きがどうしても陳腐になるように。
 どんなお伽噺もハッピーエンドで幕を閉じてその後を語りはしないものだ。幸福の頂点で幕を降ろさねばあとは転落していくだけだから。
  しかし現実は物語のようにちょうどいい場面で終わることなどできない。めでたしめでたしで終止符を打ち、都合の良い場面で時間を止めることはできないのだ。
「私のこれも――彼女のためなんだよ」
「うそつき」
 少女は詭弁だわ、と吐き捨て、青年を容赦なく糾弾する。
「彼女のため? ――ちがう、あなたのためでしょう? 彼女を傷つける酷い男になりたくないあなた自身のためよ」
「だったら君はどうなんだい?」
 青年は張り詰めた仮面のような笑みのまま再び問いかけた。
「君は恋人に綺麗な自分を見せたがっている。それ以上踏み込まれて幻滅されるのが怖いからだ。それは君のためだろう。――彼のためなんかじゃない。その行為は、私と何が違うのかね?」
「私は……!」
 ついに少女は言葉を失う。わかっている。自分を棚上げして他者を糾弾できるだけの権利は、資格は、少女自身にもないのだ。
 それでも。――それでも。
「醒めぬ夢を見ていよう。そうすれば誰も気づかない。永遠に届かぬ夢を抱いて微睡もう。そうすれば誰も傷つかない」
「いいえ」
 誘うように差し出された青年の手を払いのける。まっすぐにその瞳を見て告げた。
「少なくとも私は――あなたが嫌いです」
 そうして少女は青年に甘やかな夢を見せることを拒絶して、美しい理想を落ちた陶器のように粉々に打ち砕く。あとには武骨な文机の上に、青年の無残に引き裂かれた心臓だけが残された。
 目を醒ましたら愛しい恋人に別れを告げに行こう。偽りの中で抱き続ける想いであれば、本当にあの人を愛しているとは言えないのだから。

 了.

 醒めぬ夢は君が為
 お題配布元:Lump

 「ずるい女」

 単純な会話劇にしようとしたはずだったのに気が付いたら鬼のような多重構造の上に無限回廊と化してた。そんな作品。
 イデアの追求というか、弓の名人は弓を引かないとか俺の想像の中の金閣寺の方が美しかったからもう放火するしかないとかそういう感じの恋愛観。

 設定ポイント

 ◆ 文体
 何も考えずに普通に書きました。ただ作品構造上この二人がどこでどういう風に話しているという「情報」を意図的に削ってます。少女と男のやりとりが閉じられた空間で終始する感じを与えることが目的。

 ◆ 構成
 構成とちょっと違うかもしれんが作品自体が一つの文章に幾つもの意味が重なった超多重構造。
 作品自体は「少女」の夢の中。深読みしない派にもラスト2段落目でなんかおかしいな、ラストの段落でああやっぱり夢の中か、と気づかせる。
 ただし現実には少女と青年と青年を愛する女性と少女の恋人という四人の関係が実際に存在する。そして青年は少女のことが好き。
 夢の中はその関係を反映しているが、所詮少女の夢の中で、その中の「青年」の言葉は青年自身の発言をもとにしてはいるものの、実際には少女の想像。
 完全に理解しあえない、成就しない思いだからこそ美しいという考えと、いややはりそんなものは詭弁だという考えの対立。
 少女は青年に最後残酷なセリフを突きつけることで「成就しない代わりに穢れない想いこそ至高」という自らの迷いを打ち砕く。そして現実に自分自身も理解しあえないのに傍にいたいと思っている恋人と別れようと決意する。
 実際には別れるぐらいなら心中してやると思うほど好きな相手と、だからこそ不実なままの付き合いをするのではなく別れるという結論を出すこと自体がこの少女の「決着」。ここまでが物語内で明示していること。
 更に考え方によっては「でもそれなら恋人と理解し合う努力をするべきじゃないか。結局彼女はまだ自分の歪んだ理想から逃れられていないんじゃないか」と穿って読むのは大歓迎。

 ◆ 性質
 構成にも関わってくるので上に書いた通り金閣寺放火しちゃった心境みたいなというか。現実の恋人との関係より自分の想像の中での恋、報われない片想いをしている時点での気持ちの方がもしかしたら美しいのではないか? という理論が理解されないと「……なんやこれ」となる作品。この辺り共感できない人にはなんか不思議系の話だなーと思われて終わりかね?

 ◆ キャラクター
 正直手を抜きました(爆)。上記の理論先行作品。文体にも関わってくるけど四角関係なんだな、というのが一応読み取れればまぁそれでいいかなーと。とある商業作品のキャラ関係をモデルにしているような気もするけど気のせいですきっと。そんなわけでキャラを魅力的に書こうとは一切してません。男女四人という記号扱いです。

 ◆ 台詞
 キャラに同じくまったく気を使わず単に文章を先に進めるだけを目的に書いたのでどうでもいいっす。

 ◆ 読後感
 どろどろしたものとその後に残る一抹の空しさを目指しました。あと上記の理論が理解できる人は我々の理想が我々を苦しめるのだうぎぎとなってくれれば幸い。一緒に後味悪く苦しもうぜ! が目標。

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