「まったく、お前は一体いつになったら学習するんだ?」
呆れが多分に含まれた皮肉を、青年は目の前の相手に容赦なく投げた。
「戦い以外の才能を母の腹に置き忘れてきたんじゃないだろうな」
「けっ。それの何が悪い」
否定するでもなく認めて悪態つく旧友に、その逞しい身体についた無数の傷を手当てしながら青年は溜息つく。
「せめてもう少し自分の体のことも考えてやったらどうだ。毎回毎回手当させられる私の身になれ」
「その手当こそがお前の役目だろ? 文句言われる筋合いはねーぞ」
「こう頻繁だと文句の一つも言いたくなるさ。だいたいお前の面倒を見ることは押し付けられているとはいえ、手当は私の役目じゃない。素直に医療の専門家のところへ行け」
「毎回かすり傷程度で駆けこむな鬱陶しいと言われた」
「あの、ヤブ医者め……」
まったく仕方がないと二つ目の溜息をつき、青年は包帯の端を綺麗に処理し終えた合図に軽く戦士の腕を叩く。きちんと手当てを施された戦士は礼を言うでもなく拗ねて後ろを向いてしまった。
「戦うことが俺の役目だ。自分の本分を果たして何が悪い」
「加減を知れと言っているんだ。このまま無茶な猛進ばかり続けていれば、いずれつまらないことに足を掬われて大怪我するぞ」
「はん! こんなかすり傷ならともかく、俺にそんな重傷負わせられるような相手がいるもんか」
「わからないぞ。私たちの目から見ても、この世界は広いんだ。それに、いくらお前でも罠に嵌められたりした場合は得意の武力も通じないだろう」
「そんなヘマはしねぇよ。なよっちいお前じゃあるまいし」
「言ったな。では私から仕掛けてやろうか? 正面から戦って勝てずとも、お前を身動きできなくさせるくらいなら私でも簡単なんだぞ?」
そう言うと青年は脇に置いてあった竪琴を取り出した。
芸術品のように長い指を弦に触れさせると、そこから澄んだ音色が流れ出す。
風がそよぎ、木々の葉が歌う。小川が流れ、花が綻ぶ。典雅にして格調高く、激しくも静謐。
自然の囁きにも似たそれは至上の音楽。
結局最後の一音まで聞き入ってしまった若き戦神は、美しき楽神のしてやったりという表情にはっとした。
何が来るのかと身構えた瞬間流れ出した音色に意識を奪われ、身じろぎの一つもできなかった。楽神の奏でる音楽は戦いを何より好む戦神さえも惹きつける力がある。槍や血や怒号、剣や盾や汗よりも、天上の音色は彼を魅了してやまない。戦意も叫びも拳に込める力さえも失わせ、猛り狂う戦士を無力で大人しい聴衆へと変えてしまう。
それは決して抜け出すことのできない、優しくも強固な檻のよう。
「だから言っただろう? お前を閉じ込めるくらい、私には簡単だと」
「お、お前……それはさすがに卑怯だろ!」
「何が卑怯なんだ。私の本分は音楽だぞ。面倒くさがり屋の医神じゃあるまいしお前の手当てが仕事じゃない」
負け惜しみさえ自分自身の口にした論理で返され封じられた戦神は、恨みがましい目で楽神を睨む。
「ふふ。そんな顔をするなよ。ならば私は自分の本分通り、お前が危険な戦にばかり行かぬよう、お前を閉じ込める歌を奏でよう。さぁ――何が聞きたい?」
悔しそうな顔をしながらも結局その音色に魅了されている戦神は、せめてもの腹いせとばかりにあとからあとから望む曲を美しき友に演奏させ尽くしたのだった。
了.
鍵のない檻
お題配布元:Lump
呆れが多分に含まれた皮肉を、青年は目の前の相手に容赦なく投げた。
「戦い以外の才能を母の腹に置き忘れてきたんじゃないだろうな」
「けっ。それの何が悪い」
否定するでもなく認めて悪態つく旧友に、その逞しい身体についた無数の傷を手当てしながら青年は溜息つく。
「せめてもう少し自分の体のことも考えてやったらどうだ。毎回毎回手当させられる私の身になれ」
「その手当こそがお前の役目だろ? 文句言われる筋合いはねーぞ」
「こう頻繁だと文句の一つも言いたくなるさ。だいたいお前の面倒を見ることは押し付けられているとはいえ、手当は私の役目じゃない。素直に医療の専門家のところへ行け」
「毎回かすり傷程度で駆けこむな鬱陶しいと言われた」
「あの、ヤブ医者め……」
まったく仕方がないと二つ目の溜息をつき、青年は包帯の端を綺麗に処理し終えた合図に軽く戦士の腕を叩く。きちんと手当てを施された戦士は礼を言うでもなく拗ねて後ろを向いてしまった。
「戦うことが俺の役目だ。自分の本分を果たして何が悪い」
「加減を知れと言っているんだ。このまま無茶な猛進ばかり続けていれば、いずれつまらないことに足を掬われて大怪我するぞ」
「はん! こんなかすり傷ならともかく、俺にそんな重傷負わせられるような相手がいるもんか」
「わからないぞ。私たちの目から見ても、この世界は広いんだ。それに、いくらお前でも罠に嵌められたりした場合は得意の武力も通じないだろう」
「そんなヘマはしねぇよ。なよっちいお前じゃあるまいし」
「言ったな。では私から仕掛けてやろうか? 正面から戦って勝てずとも、お前を身動きできなくさせるくらいなら私でも簡単なんだぞ?」
そう言うと青年は脇に置いてあった竪琴を取り出した。
芸術品のように長い指を弦に触れさせると、そこから澄んだ音色が流れ出す。
風がそよぎ、木々の葉が歌う。小川が流れ、花が綻ぶ。典雅にして格調高く、激しくも静謐。
自然の囁きにも似たそれは至上の音楽。
結局最後の一音まで聞き入ってしまった若き戦神は、美しき楽神のしてやったりという表情にはっとした。
何が来るのかと身構えた瞬間流れ出した音色に意識を奪われ、身じろぎの一つもできなかった。楽神の奏でる音楽は戦いを何より好む戦神さえも惹きつける力がある。槍や血や怒号、剣や盾や汗よりも、天上の音色は彼を魅了してやまない。戦意も叫びも拳に込める力さえも失わせ、猛り狂う戦士を無力で大人しい聴衆へと変えてしまう。
それは決して抜け出すことのできない、優しくも強固な檻のよう。
「だから言っただろう? お前を閉じ込めるくらい、私には簡単だと」
「お、お前……それはさすがに卑怯だろ!」
「何が卑怯なんだ。私の本分は音楽だぞ。面倒くさがり屋の医神じゃあるまいしお前の手当てが仕事じゃない」
負け惜しみさえ自分自身の口にした論理で返され封じられた戦神は、恨みがましい目で楽神を睨む。
「ふふ。そんな顔をするなよ。ならば私は自分の本分通り、お前が危険な戦にばかり行かぬよう、お前を閉じ込める歌を奏でよう。さぁ――何が聞きたい?」
悔しそうな顔をしながらも結局その音色に魅了されている戦神は、せめてもの腹いせとばかりにあとからあとから望む曲を美しき友に演奏させ尽くしたのだった。
了.
鍵のない檻
お題配布元:Lump
「最強の力」
最初は季冬さんがマジでドン引きするだろう勢いで洒落にならないほど暗いネタを思いついたがそもそも俺得ですらなかったので別のネタにしました。というわけで男の友情的ほのぼの。
元ネタはギリシャ神話の軍神アレスもアポロンの奏でる音楽には戦を忘れるという話だったんですが、ギリシャ神話のアポロンだと音楽と同時に医術も司ってるはずなのでこの話の音楽しか司ってない人はなんかどっか別の神様です(適当)。
一言で言うとテーマは「芸術の力は偉大」
◆ 文体
何も考えずに書きました。捻りの一つもありません。今回(第2回課題の中で)一番の手抜き。ただ「ずるい女」の話のような完全なる記号化とは違い、最初はよくわからん優男と戦士が後の方になって「楽神」と「戦神」であることが判明してさらにこいつら神様とも思えない平和なやりとりしてるなぁとほのぼのを感じるといいなぁという感じのストレートさ。
◆ 構成
これもまた何の捻りもなくほのぼのワンシーン。ただこの作品の場合はストレートに展開を捻らない意義がある的シンプルさの追求。
◆ 性質
ほのぼの。読んでも何も得ない特に面白くもなんともない心にもまったく残らない。だがほのぼのである。そういう性質を目指した。BL妄想はしてもOKだけどどちらかというとこれは普通の友情寄りで書きました。
◆ キャラクター
お前らどう見ても偉い神様というよりただのその辺にいる兄ちゃんじゃねーかと思われることこそ本望。話題に存在しか出てこない医神仕事しろと突っ込まれるとなおよし。
◆ 台詞
これもやっぱりなるべく普通の人っぽく見せたかったのであえて捻りませんでした。ただ文体と台詞はそういうときでももうちょっと気の利いた地の文や会話のやりとりが書けるようになりたいとは思ってる。
◆ 読後感
ほのぼのを目指しました。これに尽きる。
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