――さぁ、すべてを終わらせよう。
シェルターの内部にこの世界で唯一残された都市はひしめくほどもない僅かな人口だけが暮らしていた。暗い目をした老若男女は息を潜めて肩を寄せ合う。悲嘆と恐怖と退廃と諦観で満ちた銀色の空は狭くも寒々しい。
記号のような白衣を着てビーカーに珈琲を注いだアタシは憂鬱な溜息をつきながら今日も世界に満ちる絶望に乾杯し、部屋の隅でカップを冷めるに任せて銃器を点検する友人に気のない様子で告げた。
「だからさぁ……あんたが一人で背負う必要はないんじゃないの?」
かつて、友に告白された。自分は大昔に神を殺した魔術師の生まれ変わりだと。そんな馬鹿なと笑い飛ばして日々を過ごすうちに二人大人になり、世界は滅びゆき、彼はそれを止めようとして今再び神殺しの名を背負う。
笑い話は笑えない話と化し、滅びゆくシェルターの外の世界以上に非日常にして非常識な現実を見せつける。子どもの頃から知っている友人が人の枠組みを超えて次元の違う生物へと変わろうとする様を、アタシもこれまでつぶさに眺めてきた。
「やめとけよ。神殺しなんて」
空気清浄のスイッチを入れながら煙草に火をつける。電子煙草が当たり前となった今もアタシはクラシックな香りを味わえるこれが好きだ。電子データのやり取りが発達した今でも紙の書類も本もまだ当然のように流通している。数は少なくなり形を変えても、どれだけ時代を経ても、変わらないものはある。
だから再びの神殺しを決意するこいつには悪いけど、正直アタシ自身はシェルターの外の世界の崩壊を止める必要性を感じない。人だろうが世界だろうが、所詮現実はなるようにしかならないのだから。その意味を見失い、運命に逆らうなんて綺麗な言葉で浅はかに行動した結果が今のこの衰退した世界だ。
かつて、この世界の人間は神を殺した。
死を恐れ、死を与える神を殺した。
けれどそれは愚かな選択だ。死神が死んだら一体誰が死ねると言うの?
死に怯え、死を恐れ、そのために死を殺した自分たちは今、死ねないことに苦しんでいる。死なずに狂った人々は不死者――黄ばんだ骨に腐肉を纏うゾンビとなって、かつての同族たる人類を襲い、被害を広げていく。
強靭なシェルターの外に溢れかえるのは、死を奪われ生きながら狂い果てるしかない不死者たち。これが俺たちの罪の形。
「神を殺した罰を受け続けている世界で、あんただけがまたその手を汚す必要なんてない」
世界が不死者のもたらす凄惨な狂気から一刻(いっとき)解放されたところでこの世が一足飛びに清浄な完成された楽園に変わるわけではない。
何も変わらない、何も。
いくら世界を変えようと足掻いたところで、その世界に生きる我々が変わろうとしない限り何も変わらないのだ。
「それなのにあんたは行くって言うのね」
かつて神を殺した者の生まれ変わりは、今また神を殺しに行くと言う。世界を創り支える創造の神を。
死神が死に平衡が崩れ狂いゆくこの世界で天を支える創造神を殺すということは、すなわち世界を滅ぼすことと同義語だ。
けれど彼が神殺しを行うことによって稼げる時間。全ての柵から人類を解放し正しい世界の在り方を取り戻す、僅かな時間があれば人は変わるかもしれないと。
その一縷の可能性のためだけに、彼は行くのだ。自身が得るものの何もない戦いへ。
「あんた自身はこれでいいの?」
未練はないのかと聞いたアタシに、彼はこれまで見た中で最高の笑顔を浮かべて言った。
「ああ。一番の願いは、もう叶ったから。――ずっと俺と友達でいてくれてありがとう」
そんなのお互い様じゃないの。こんなガタイで女口調のアタシと夢見がちなことばかり口にするあんた。変わり者同士でつるんでただけ。今更感謝なんかされることじゃない。
それにあんた、どうせこの期に及んでアタシの言うこと聞きやしないじゃないのよ。アタシが開発した対ゾンビ用の銀の銃弾を補充する用事がなかったら、最後に顔を見せることもなかったんじゃないの? 薄情者。――俺を置いて一人で死ぬ気かよ。
――さぁ、ここから始めよう。
一度だけこちらを振り返り微笑む。地上七階の窓枠を蹴り、銀色の空を天上の門に向かって飛んでいった。アタシは諦めにも似た虚しい気持ちで、せめてそれを見送るだけだ。
終わり続ける世界を、終わらせるために。
了.
死神が死んだら一体誰が死ねると言うの?
お題配布元:Lump
シェルターの内部にこの世界で唯一残された都市はひしめくほどもない僅かな人口だけが暮らしていた。暗い目をした老若男女は息を潜めて肩を寄せ合う。悲嘆と恐怖と退廃と諦観で満ちた銀色の空は狭くも寒々しい。
記号のような白衣を着てビーカーに珈琲を注いだアタシは憂鬱な溜息をつきながら今日も世界に満ちる絶望に乾杯し、部屋の隅でカップを冷めるに任せて銃器を点検する友人に気のない様子で告げた。
「だからさぁ……あんたが一人で背負う必要はないんじゃないの?」
かつて、友に告白された。自分は大昔に神を殺した魔術師の生まれ変わりだと。そんな馬鹿なと笑い飛ばして日々を過ごすうちに二人大人になり、世界は滅びゆき、彼はそれを止めようとして今再び神殺しの名を背負う。
笑い話は笑えない話と化し、滅びゆくシェルターの外の世界以上に非日常にして非常識な現実を見せつける。子どもの頃から知っている友人が人の枠組みを超えて次元の違う生物へと変わろうとする様を、アタシもこれまでつぶさに眺めてきた。
「やめとけよ。神殺しなんて」
空気清浄のスイッチを入れながら煙草に火をつける。電子煙草が当たり前となった今もアタシはクラシックな香りを味わえるこれが好きだ。電子データのやり取りが発達した今でも紙の書類も本もまだ当然のように流通している。数は少なくなり形を変えても、どれだけ時代を経ても、変わらないものはある。
だから再びの神殺しを決意するこいつには悪いけど、正直アタシ自身はシェルターの外の世界の崩壊を止める必要性を感じない。人だろうが世界だろうが、所詮現実はなるようにしかならないのだから。その意味を見失い、運命に逆らうなんて綺麗な言葉で浅はかに行動した結果が今のこの衰退した世界だ。
かつて、この世界の人間は神を殺した。
死を恐れ、死を与える神を殺した。
けれどそれは愚かな選択だ。死神が死んだら一体誰が死ねると言うの?
死に怯え、死を恐れ、そのために死を殺した自分たちは今、死ねないことに苦しんでいる。死なずに狂った人々は不死者――黄ばんだ骨に腐肉を纏うゾンビとなって、かつての同族たる人類を襲い、被害を広げていく。
強靭なシェルターの外に溢れかえるのは、死を奪われ生きながら狂い果てるしかない不死者たち。これが俺たちの罪の形。
「神を殺した罰を受け続けている世界で、あんただけがまたその手を汚す必要なんてない」
世界が不死者のもたらす凄惨な狂気から一刻(いっとき)解放されたところでこの世が一足飛びに清浄な完成された楽園に変わるわけではない。
何も変わらない、何も。
いくら世界を変えようと足掻いたところで、その世界に生きる我々が変わろうとしない限り何も変わらないのだ。
「それなのにあんたは行くって言うのね」
かつて神を殺した者の生まれ変わりは、今また神を殺しに行くと言う。世界を創り支える創造の神を。
死神が死に平衡が崩れ狂いゆくこの世界で天を支える創造神を殺すということは、すなわち世界を滅ぼすことと同義語だ。
けれど彼が神殺しを行うことによって稼げる時間。全ての柵から人類を解放し正しい世界の在り方を取り戻す、僅かな時間があれば人は変わるかもしれないと。
その一縷の可能性のためだけに、彼は行くのだ。自身が得るものの何もない戦いへ。
「あんた自身はこれでいいの?」
未練はないのかと聞いたアタシに、彼はこれまで見た中で最高の笑顔を浮かべて言った。
「ああ。一番の願いは、もう叶ったから。――ずっと俺と友達でいてくれてありがとう」
そんなのお互い様じゃないの。こんなガタイで女口調のアタシと夢見がちなことばかり口にするあんた。変わり者同士でつるんでただけ。今更感謝なんかされることじゃない。
それにあんた、どうせこの期に及んでアタシの言うこと聞きやしないじゃないのよ。アタシが開発した対ゾンビ用の銀の銃弾を補充する用事がなかったら、最後に顔を見せることもなかったんじゃないの? 薄情者。――俺を置いて一人で死ぬ気かよ。
――さぁ、ここから始めよう。
一度だけこちらを振り返り微笑む。地上七階の窓枠を蹴り、銀色の空を天上の門に向かって飛んでいった。アタシは諦めにも似た虚しい気持ちで、せめてそれを見送るだけだ。
終わり続ける世界を、終わらせるために。
了.
死神が死んだら一体誰が死ねると言うの?
お題配布元:Lump
「聖絶コメディア」
無駄に気合が入りすぎたせいで一日で書き終わらなかったという体たらく。壮大なファンタジーの一幕的断片であり、その割に今回(第2回課題の中で)一番教訓的な話になっている気がする。
今まではお題を決め台詞的にというか物語の出だしやラストの締めに使うことが多かったので今回は原稿用紙3枚目というほぼ真ん中で使ってみた。こういう書き方をすると設定にこのお題内容ががっちりと食い込むようだ。ある意味面白い試みでした。
◆ 文体
ややこしい設定のファンタジーであることを文章の端々から読み取ってもらえるようそれなりに一文一文気合は入っている。かつ文章の中で物語の設定をすべて使い切ってしまうのではなく、読んだ人が例えば登場人物二人のこれまでの関係性だったり、この世界の辿ってきた道のりだったり、空想を広げる余地があるように書いてみた。一人称の緩さもそのためであると同時に、比較的精神性が安定してそうな「アタシ」が時折やはり不安や強い意志や見解を述べる時のスイッチの切り替わり的にわざと時折一人称を「俺」にしてみたりしている。あれは書き間違いや消し忘れじゃありません。
総合的には最初から最後まで文章面ではかなり凝った作品にしたと言える。ただキャラのセリフは若干弱い。
◆ 構成
この作品自体の構成はひたすら会話してるだけなのでシンプルに。ただそのシンプルさの中で退廃的な世界観やこれまで世界が辿った道のり、これからの世界の行く末、登場人物たちの思想や行動がなんとなくイメージとして伝わるように言葉を並べた……つもりだ。
◆ 性質。
退廃的。滅びに向かう世界。外れ者な男同士の友情。派手な起伏は見せないけれど、全体を通して悲嘆とわくわくを同時に感じるような話。
◆ キャラクター
視点の人物がオカマだ! ということでキャラクターには何故か気合が入ってます。
いや、お題台詞を使おうと思った際に 1.女性の口調なので女性に言わせる 2.本文で使わない 3.本文で言い回しを変えて使う 4.女性口調だけど男性に言わせる の中で4を選んでみた結果なんですがその結果特に何をしたわけでもないのにキャラクターが個性的になったような気がするのは気のせいか。
視点の人物は研究者で世界の真実を知る一人で友人が世界を滅ぼす者でそしてオカマです。友人は神殺しの生まれ変わりでオカマの友人と昔から外れ者街道を驀進していた気配がある上に世界を滅ぼします。設定盛りすぎだけどほとんど仄めかす程度にしか説明しないというバランス。
◆ 台詞
ほのぼのである「最強の力」が結構会話で話を進めていたこととは逆にシリアスであるこっちは会話を極限まで削って視点のオネエのモノローグで話を進める。台詞をほとんど入れず友人の台詞は最後の最後で出すという台詞構成自体は良しとしつつ台詞そのものは弱い。自分は台詞力が弱い。どう改善すればいいかなこれ。
◆ 読後感
退廃的とか諦観とか希望と絶望のバランスとかいろいろなものは詰め込みましたが、とにかく目標としては読んでる人に「ここに書かれてない部分が気になる」「むしろ長編で読みたい」と興味を持ってもらえるような感じを目指しました。書きそびれが多すぎと突っ込まれるのではなく、いい意味でもっと細部が気になるから長編で書けよオイと思ってもらえる話として書ければ……いいね。
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