忍者ブログ
一次創作サイト「BABEL」から派生。スキルアップのためにひたすら掌編を書いていくブログです。テーマはお題配布サイト様から借りています。 
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「……なんで、僕を助けたんだ」
 脇腹を浅くも鋭く切り裂かれた傷口を手当てされながら、彼は苦々しく尋ねました。
 その傷口を彼に与えた私に対して。
 彼と私は敵同士。たまたま同じ分野で生き、同じ場所を目指し、同じものを望む。
 目的地が同じであれば、その道が交差することもあります。獲物が重なれば、そのたった一つのものを争うしかない。
 今回の獲物は、人里離れた古城に眠る禁書の一冊。大分前に持ち主の偏屈な魔術師が死んだけれど、迷宮のような城に仕掛けられた無数の罠が、遺産狙いの盗賊たちの侵入を拒み続けていました。彼は彼の目的のため、私は属する組織の命令で、それを手に入れに来て、いつものごとく鉢合わせたのです。
 途中までは、休戦を持ちかけて迷宮の攻略に協力したりもしました。敵として顔を合わせてもう何度目か、お互いに相手の実力はよく知っています。皮肉なことに、下手な味方よりも目の前の相手の実力が、背中を預けるに値する程頼りになるのです。
 けれどそれも、目的のお宝を手に入れるまでのことでした。
 欲しい獲物はただ一つ。最強の座も常にただ一つ。私も彼もそれを望むなら、戦うしかなかった。
 そして勝敗は決したのです。
 戦いの後でお互い魔力もろくすっぽ残ってはいません。治癒術では足りずに塞がりかけの傷口に薬を塗り、包帯を巻き終えます。
「殺せよ。敗者に情けなんていらない。お前は僕を馬鹿にして、これ以上惨めにさせる気か」
 ぎらぎらと私を睨む視線は手負いの獣のようです。実際に今の彼は手負いですけれど。
 私は彼の首に両手をかける。襟元から差し入れた手は、彼の成長しきらない少年らしい細い首の感触を私に伝えます。
 生白い肌の、薄い皮膚の下で脈打つ血管。君を殺すなんて簡単なんだよ。少し力を込めるだけで、屠られる鶏のように簡単に死ぬくせに!
「誰が君なんか殺すものですか」
 私が言うと、命を握られながらも彼は訝しげに眉を潜めます。
 普段から訳知り顔をして、狂気に憑りつかれた人間の欲望はどれも同じなんてうそぶいて。君は何一つわかっちゃいないんだ。こうして直接触れる滑らかな君の肌に、熱に、私がどれほど昂ぶりそれを自制しているかも。
 か細い緊張の糸を伝える首を私は放しました。彼の目が一瞬の安堵と、次いで先より更に激しい憤怒と憎悪に彩られます。情けでもかけられたなどと、私の行動をまた誤解しているのでしょう。
「ここで僕を殺せば他にあれを狙う奴はいない。それなのに――」
「理由ですか? その方が面白いからです」
 君と張り合わない日常なんてもう考えられない。同じ道を進む同志であり宿敵でもある君との殺し合いは、他の誰との戦いよりも私を熱く燃え立たせる。生きていてくれなきゃつまりません。
 そう伝えると、その眼はまたも強い怒りに染まりました。
「は! 勝者の余裕って奴かよ。ふざけんな、今にその選択を後悔させ――」
「あと、私が君を好きだからです」
「は……」
 私はきっぱりといい、彼はつぶらな目を見開いてぽかんとしました。
 その顔があまりに隙だらけだったもので、私は彼の唇に一つ、悪戯のようなキスをそっと落としたのです。


 了.


 理由ですか? その方が面白いからです。
 お題配布元:確かに恋だった
 
PR
 今日、私の異母兄妹はまとめて三人死んだ。昨日は二人だった。明日は何人死ぬのだろう。そして私はいつ死ぬのだろう。顔も見たことのない義兄たちが死んだように、もうすぐ名もなき死者という記号になるのだろうか。
 彼の手並みは実に鮮やかだった。椿の首を落とすように人の命を狩る。白い雪原に彼の刈った赤い花はぽとん、ぽとんと落ちて、足元もやっぱり真っ赤になる。
 覇王を目指す男は人の命で玉座に続く赤い絨毯を敷いたのだった。すぐに殺されるかと思った私は、彼の気紛れに拾われてその手入れ人を任されそうになっている。
「もう少しだ。もう少しでお前の一族は全て死に絶える。そうなればあの国は俺のもの」
「あんな人たち、身内でもなんでもありません。私を身籠った母を汚らわしい妾だと追い出した連中です」
「だが、お前が王家の血を引くのは事実だ。どうだ、このまま俺につくのなら、お前の一族から奪った地位をそのままやるぞ。土地の者が支配に着くのが人心を掌握するには一番だ」
「……何故、私をそのように引き立てようとするのです? 私が弱いからですか? 王の地位をちらつかせれば、あなたに従順になるとでも?」
「お前に首輪をつけるつもりはないさ」

 海煉国の次は緑里だった。それから花栄へ。そして明暁へ。また一度海煉の反乱を制定し、朱櫻へ。野望は大陸中を廻る。
 覇王と呼ばれた男の国づくりは順調に進んでいるようだった。ただ一国を除いては。
 私の存在は祖国で噂になっているそうだ。一部の抵抗組織は望む。私を旗印に王国の利権を傍若無人な征服者から取り戻せと。
 覇王の統治は例え植民地相手でもそう悪いものではないように見える。だがそれは、私が今、他でもないその男の庇護下だからこそ言えること。末端の民はたまったものではないだろう。そして裕福な者たちも、奪われた誇りには代えられない。
「あなたは、この大陸を動かす者なのです。どうかご協力を」
「そんなに必要ならば、無理にでも引きずっていけばいいでしょう」
「おわかりでしょう。そんな方法では何も変わらない。あなたの意志こそが必要なのです」

 ふと気づけば季節が巡っていた。
 宮殿の窓から見える丘を、あなたはやはり赤く染める。椿が腐り雪に還る大陸の大地のあちこちを、今度は赤い雛罌粟に眠らせた。
「もうそろそろ最後の一国を平定し終わる」
 覚悟を決めておけとあなたは言う。
あなたは私に対しては、いつだって優しい。恐ろしいその噂の数々とは裏腹に、私に触れる指はまるで壊れ物を愛でるようだ。
 あなたの苦しみも私は知っている。平民出の母を持つ、最も継承権から遠かった王子。父も兄も全ての血縁を殺して玉座に着き、それで満たされず他国に侵略した覇王。
 あなたが私を気に掛けるのは自分と同じその境遇のせい。そして私は――……。

 人はどれほど美しい建前を妖精の粉のように自分に塗して飛んでいくのだろう。
 心というものに重さがあれば、この卑しい欲望で私はぶくぶくと醜く肥え太り、地に落ちるに違いない。
 それでもいい。その時、一緒にあなたを引きずり堕とせるならば。
「逃げるのか」
 抵抗組織の迎えに手を引かれ回廊を抜ける途中で偶然行き会った。あなたは右手を伸ばして兵を制し、全てを理解した顔をしている。
「行きます。そして」
 私はこの国を滅ぼし、自らの国を取り戻すのだ。国の誇りも一族の仇も関係なく、ただ自分の望みのためだけに。なんて狡い。
「私はいつかあなたを手に入れる。あなたは私に首輪をつけないと言ったが、私はあなたに首輪をつけたい」
 目を瞠るあなたに背を向け、私はもう後は振り返らず、導かれるまま宮殿を脱出した。彼ら抵抗組織の旗印、次の王となるために。
 だけど考えるのは、後にした国に残してきた孤独な覇王のことばかり。
 ――あなたがほしい。手に入れたい。首輪で繋いで、それでも逃げ出すのならその足を斬りおとしてでも。服従と支配を強要する残酷な覇王は唯一私にはそれをしなかった。でも私はあなたにそれをする。それは私にとって、王国を救うよりも重要なことだから。
 そのくらいには、あなたのことが――。

「好きかも、しれない」


 了.


 好きかも、しれない
 お題配布元:確かに恋だった
「お初にお目にかかります、ルシャーレン閣下。わたくしはセフィエラ伯爵の――」
「くだらん自己紹介など必要ない。もともと書類の上で知っているだろう。どうせ政略結婚だ。私は君を顔だけで選んだ」
「なんですって! この最低男!」
 出会いは、確かに最悪だった。
 彼は送られてきた無数の釣り書の山から、最も容姿が好みの相手を顔だけで決めた。いざ対面した姫君は肖像画そのままの美しい顔で、絵からは判断できない負けん気の強さを発揮する。
「こっちだって、あなたのような傲慢男願い下げよ! その御立派な爵位という肩書がなければ、政略とはいえ誰が嫁ぐもんですか!」
「なんだと」
 二人は、絶対にこの相手とは幸せな家庭など築けっこないと、お互いに確信したのだった。


「まったくあなたってば、出会いがしらから酷い人でしたわ」
 麗らかな春の昼下がりの庭園で、若い侯爵夫人は四阿の椅子に腰かけ、夫と腕を組みながら口を開いた。隣に座る新領主は、また始まったと苦笑を妻に投げかける。
「わたくしのことを顔だけの女だなんて」
「私は嘘は言っていないぞ。数ある相手の中からお前を選んだ理由は顔だ」
「まぁ! まだそんなことを仰るの!」
 子どものように頬を膨らませた妻に、彼はますます苦笑する。目の前に座る少女がきらきらと瞳を輝かせて話の続きをねだった。
「それで、その後はどうしたの?」
「そうだな……」
 二人は思い出す。共に駆け抜けた、激動の日々を。はじまりは互いに相手に何ら期待をせず、信頼をせず――……。それがいつの間にか、手を取り合って苦難を超える度、お互いになくてはならない存在となっていった。
「いーい、あなたは大きくなったら、もっと優しくて紳士的な人を選ぶのよ」
 やわらかな髪をリボンで二つに結んだまだ幼い娘に、夫人は真面目くさった顔つきで言い聞かせる。娘は渋い顔の父を眺めながらにこにことそれを聞いていたが、お茶の時間が終わると家庭教師に呼ばれて母屋に戻って行った。
 二人きりになり、妻はまた夫に尋ねる。
「それで――初めての出会いの際には顔でわたくしを選んだあなたは、今はどうなのですか?」
「うむ。――主に好きなのは顔だな」
「もう!」
 先程とほぼ変わらぬ台詞に、妻は夫の腰をぎゅっと抓る。ぷんぷんと怒りながら、自分も娘の後を追うように薔薇園の小道を辿りはじめた。
 夫は相変わらずからかいがいのある妻にすぐ追いつくと、その肩を抱き寄せた。拗ねた顔はそのまま、頬を怒りとは別の理由で赤く染めた妻と共に歩き出す。
 初めは、確かに容姿で選んだ出会いだった。先程の主に好きなのは顔だという宣言にも嘘はない。
 ただ、今は出会った頃と違い、それ以外の全ても愛している。


 了.


 主に顔が好きです
 お題配布元:確かに恋だった
Copyright (C) 2024 掌編武者修行サドンデス All Rights Reserved.
Photo by 戦場に猫 Template Design by kaie
忍者ブログ [PR]